うつ病との決別!本当の自分へ!!

このサイトにお越しいただきありがとうございます。このサイトはうつ病と壮絶な闘いを繰り広げた私の記録と、 会社復帰後にも揺れ動いた仕事への情熱と考え抜いた上での退職、そして起業から現在までの記録をつづったサイトです。

今、うつ病は成人の15人に1人が発症すると言われています。まさに現代病です。 ストレス社会と言われる現代社会においてうつ病を発症している人数は2005年に90万人を超え、 今では100万人を超えています。うつ病による自殺も年々増えており、職を失ってうつ病を発症して自殺する方、 先行きの見えない会社で業務量だけが増えてうつ病を発症し自殺する方など、自殺者が後を絶ちません。

私は幸いにもまだ生きています。しかし、うつ病の闘病中には何度も自殺未遂を繰り返しました。 結局死に切れず今に至っているわけですが、当時は死ねない自分が情けなくて何度も涙を流していました。 休職して社会から切り離されて、絶望感と孤独感との闘い。今思うと本当に壮絶でした。

うつ病になって色々とわかったのですが、「精神病院」や「メンタルクリニック」、 「神経内科」や「心療内科」など、色んな「科」があります。 そしてうつ病の薬の処方は担当主治医のこれまでの経験などによるところが大きく、 また抗うつ薬は即効性がなく、少なくとも1週間以上は飲み続けないと効果が現れないこと。 さらに薬も副作用が大きく出るものとそうでないものがあり、飲み始めは副作用に耐えないといけないことなど。 私は初回の通院から「パキシル」というSSRIと呼ばれる抗うつ薬を処方されましたが、 この薬は私には合わなかったんです。それが分かったのはうつ病発症からなんと1年半以上たった時でした。

私はIT関連企業に勤めていましたが、年々うつ病を発症して休職する人が増えていると健康管理室の保健師の方から聞きました。 IT関連企業は電機メーカーや自動車メーカーなどと違い、流行や情報の流れがとても速いのが特徴的です。 私が勤めていた会社は、私が入社当時からうつ病で休職する10年間の間に社員数が2倍以上にもなり急成長しました。 何をもって急成長と言うのかは難しいところですが、人数と会社はかなり大きくなりました。東証1部にも上場を果たし、 資本金も膨れ上がりました。一見するとすごいことなのかもしれませんが、社内から見ると仕事の小回りが利かなくなり、 部署間のコミュニケーションも減り、やりたいことを成し遂げるのに何かと制約が大きくなっていきました。 パブリックカンパニーになったのですから、内部統制が必要だったのでしょう。

私は仕事や仕事の内容は嫌いではなかったのですが、復職してから会社に対してかなり不満を抱くようになっていました。 そうは言っても休職中タダ飯を食わせてもらった会社ですから、唾を吐いて退職なんていうことはしたくありませんでした。 必死に私のやりたいことができるような仕組みを模索しました。 しかし最終的な結論は「退職」でした。この時、私はまだ薬も飲んでいたしうつ病が完治したわけではありません。 養っている家族もいました。そうした状態でも、会社にいるとストレスがたまってしまい、治療にも良くないと判断したんです。

それからは必死でした。家族を養っていくためには何とかしてお金を稼がないといけない。 一番手っ取り早かったのはインターネットを駆使したビジネスでした。これはメニューの中で詳細を綴っています。

会社を辞めてからはストレスが1つ減り、インターネットビジネスに没頭しました。 定期的に通院もしていました。しかしうつの症状は日に日に和らいでいったんです。

うつ病を患っている方のすべてが会社を辞めたほうが良いとは言えません。 私も会社を辞めることは考えに考え抜きました。定収入がなくなる恐怖感。 これはかなり強かったです。しかしある見通しを立てることで、 会社にいるより個人になった方が小回りが利いて稼ぎやすい、と思いました。これが起業の決意でした。

このサイトを訪れた方には、今もうつ病の治療をしている方もいらっしゃるでしょう。 かくいう私だってまだ通院をしています。しかし私はある本に出会い、うつ病闘病中でありながら、 ある信念を持って日々インターネットの世界に様々なビジネスチャンスを見出しています。 うつ病は本当につらい自分の心との闘いです。この闘いに勝利したとき、 私もあなたもきっとものすごい成長を遂げていると思うんです。

このサイトが少しでもあなたに希望を与え、うつ病と闘っている同志がいることを分かっていただければ幸いです。 決してくじけず、自分と向き合い、心を保ち、闘いに勝利したとき、明るい未来が待っていると信じてください。

2010年11月15日

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