2007年3月 うつ病で休職

2度目の産業医面談によってついに休職することが決まりました。休職するに当たって、 まず何といっても私が携わっていた仕事の引継ぎが必要になります。 大きなプロジェクトの重要な部分を任されていたため、引継ぎには相応の時間がかかると思っていました。 まず築き上げたリレーションを簡単に引き継げるとは思いませんでした。 さらに技術的な内容も多かったため、それを1つずつ説明するには3,4日かかると思いました。 早速上司が呼ばれ、産業医と私と上司の3社面談が始まりました。

そこで上司が一言。「全部オレが何とかするから、お前はゆっくり心身を休めて戻って来い」でした。 私は涙が出そうになったことを覚えています。 こんな人の下で働いていた自分は本当に幸せだったなと。 あと、私の10年間の社会人生活でこういう人間関係を築けていたんだなと。 これは本当に貴重な財産だと思いました。

そして2007年3月16日(月)、私は休職するに当たって机を整理しに朝7時ごろに会社に行きました。 同僚には会いたくなかったんです。当時の私は「うつ病で休職」なんて恥だと思ってました。 私自身がうつ病に対して大きな偏見を持っていたんですよね。朝出社するときもずっと下を向いて歩いていました。 会社に行って驚きました。上司が既にいたんです。朝の7時です。 私が不眠でずっと7時くらいには会社にいましたが、そんな時間に上司がいたことなんてありませんでした。 まるで待っていてくれたかのようでした。真意は聞いていませんが、おそらく上司は私の行動を読んでいたんでしょうね。 「几帳面なヤツだからきっと早朝に机を片付けに来る」と。案の定そうなったわけです。


私の机の上にあった本や写真たて、雑貨類は全部袖机の中に収めました。 机の上に残ったのは電話だけ。なんだかとても寂しくなりました。

整理が終わり、上司に「ではこれから休職に入ります。」と挨拶をしました。 「会社が休めと言ってくれたんだから、思いっきりゆっくり休んでこい。 また一緒に仕事しような」と言ってくれました。私にとって「また一緒に仕事をしよう」 と言われたことが何にも変えがたい、心に響く言葉として今でも鮮明に覚えています。本当に涙が出そうでした。

会社を出て会社に振り返り深呼吸。いつ戻ってこれるか分からない、先の見えない迷路に迷い込んだような心境でした。 これからどうなるんだろう、妻と息子を養っていけるのか、 どれくらい休んだら治るんだろう、と、色々考えながら家に帰りました。 妻はいつも通り「お帰り」と言ってくれました。息子はまだハイハイができるようになった頃で着替えた私は息子と昼寝をしました。

この時から私の壮絶なうつ病との闘いが始まったんです。

このエントリーを含むはてなブックマーク Buzzurlにブックマーク livedoorクリップ Yahoo!ブックマークに登録

タグ

トラックバック&コメント

この投稿のトラックバックURL:

コメントをどうぞ

このページの先頭へ