家族を養う思い
2007年3月16日から休職に入って、最初の正月を迎えようとしていた頃でした。 有給休職、無給休職と経て、ついには会社からではなく健康保険からの傷病手当金のみが私たち家族の唯一の収入となりました。
収入は減っていたのに同じマンションに住んでいたのですから、妻にはやりくりの面でかなり迷惑をかけたと思っています。 10万円近い減収だったと思いますので。しかし妻はそれに対して文句を言うわけでもなくやりくりをしてくれていました。
そんな妻に対して今思うとずいぶんとひどい仕打ちをしてしまいました。詳細はメニューをたどっていくとお分かりになりますが、 トラウマを残し、息子と2人共、恩をアダで返すような仕打ちをしてしまったんです。大切でかけがえのない存在を私は自分の手で失ってしまったんです。
家族への思いというのは昔から人一倍強かったと思います。医者にも指摘されました。 「あなたは家族への思いが強すぎる」と。しかし私が築いた家族ですから、全身全霊で守ろうと決意していたんです。 私の戸籍で私の扶養に入っている妻と息子。そんなかけがえの無い存在を、うつ病になってしまってからどのように養っていくかを必死に模索していました。
しかし答えが出ないんです。今まで考えて答えが出ないなんてコトはありませんでした。 しかし、休職の身でいかにして家族に食べさせていくか。質素な暮らしをしていれば最低限のお金は健康保険組合から支給されますが、 人間、生活のランクを落とすのってなかなか厳しいんですよね。家賃の安いアパートへの引越しも考えました。 しかしそれは医者を始め会社の健康管理室の保健師も反対しました。引越しは復職して落ち着いてからの方がいいと。今は病気を治すことに専念しなさいと。
息子に美味しいものを食べさせてあげたい、妻に負担をかけたくない、 そんな思いばかりが先行し、イライラすることが多くなっていたような気がします。
この頃は、自宅に近い立川の病院に通院していたのですが、この時、一番最初に通院した時に処方された「パキシル」は、 人間が飲む量の最大量を飲んでいたそうです。これは後で産業医面談が復活したときに分かったことです。
家族を養う、その思いがMAXに達し、私は1つ行動を起こしました。インターネットでお金を稼いでやろう、と思い立ったんです。
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2010年11月15日 | コメント/トラックバック(0) | トラックバックURL |



