産業医面談の再開
ちょうど2008年の夏ぐらいでしょうか。産業医面談が再開されました。 私は高尾に住んでいた関係で休職直前に産業医が「品川まで通院するのは大変だろうから、慈恵医大を紹介する」と言われ、 紹介状を書いてくれました。京王線の国領駅にある慈恵医大第三病院です。私は薬がなくなる直前に慈恵医大を訪れました。
紹介状を持っていたため診察まではとてもスムーズでした。 しかし慈恵医大の診察はとても私が満足できるようなものではありませんでした。
診察室に通された時、担当の先生(主治医ではない研修医です)に色々と聞かれました。 今の状況、薬の状況、などなど。そして数分後、担当医が現れました。 そこで私は驚きました。「え、ここで診察やるの??」って感じです。
どのくらいの広さの部屋なのかは分かりませんでしたが、隣の患者さんとの仕切りはカーテン1枚。 当然隣の声は丸聞こえです。プライバシーなんてあったものではありませんでした。 タダでさえも外出すら面倒なうつ病患者が電車に乗って国領まで足を運んだ挙句、 こんな野戦病院みたいな環境では診察してもらいたくありません。
会社の健康管理室の保健師に電話をして、「慈恵医大は私には合いません。他に紹介してくれる病院が無いのであれば、八王子近辺で自分で探します」と伝えました。
妻も色々と病院を探してくれました。結果、立川になかなか評判のいい病院があって、そこに通うことにしました。 先生も私の話を良く効いてくれて感じのいい病院でした。結局立川の病院には1年ちょっと通うことになりました。 それが2007年の4月くらいのことです。
そして2008年夏、約1年ぶりに産業医と保健師と対面したときの産業医の私に対する第一印象が 「人間らしくない」の一言。産業医は別の大学病院で外来などもされていたようで、 私のような「負のオーラ」を出す人をずいぶん見てきたとのコト。そこですぐに「パキシルは何mg飲んでいますか?」という質問でした。 何mgかは忘れてしまいましたが、産業医いわく、人間が飲む量のMAXを飲んでいたとのコト。 パキシル自体は立派な抗うつ剤です。厚生労働省も認可している薬です。 しかし産業医いわく、「この薬は合う人と合わない人がいる。あなたにはもしかしたら合っていないのかもしれない」と言うんです。 産業医がその時飲んでいた薬を見た結果、「パキシルで気分の低下を防ぎ、 気分が上がりすぎるのをトリプタノールという薬で押さえ込んでいる。」とのこと。 それ自体、悪い処方ではないのですが、人によるとのコトだったんです。 私は品川まで来ることができるくらい体調が良くなったのであれば、病院を変わった方がいいと言われました。
私の負のオーラは相当なものだったのでしょう。かなり説得されました。そこで私は転院を決意したんです。 次の病院は赤坂にありました。高尾からは京王線で新宿に出て丸の内線に乗り換えて少し行ったところです。 私は転院に当たり立川の先生に挨拶に行きました。状況を説明し、今まで診ていただいたお礼をしてきました。 私にはこういう義理堅いところがあるんです。
そして赤坂の病院でパキシルの減量が始まりました。
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2010年11月15日 | コメント/トラックバック(0) | トラックバックURL |



