思うように軌道に乗らない。

※この話はうつ病は関係ありません。念のため。

新しい職場は外資系のソフトウェア会社でした。

私が言うのもなんですが、日本での認知度はまだそれほどでもなく、

認知度を高めることからスタートする必要がありました。

いわゆる、チャキチャキのベンチャー企業です。

やることはたくさんありました。

忙しくて、うつ病なんて忘れるほどでした。

就職して半年が過ぎようとしていたころでした。
自動車を運転していたら、何か異変があったんです。
この時は、「何か異変」程度にしか思いませんでした。

でも、ずっとではないんです。
「あれ?」って思うと、次の瞬間にはもとに戻っていました。

疲れてるのかな、ということで、ほっぽらかしにしていました。

しかし、また自動車の運転中、左上に見えているはずの信号が見えなかったんです。
「あれ?」って思って、信号を見ると、見えるんです。
で、まっすぐ前を見ると、左上の信号が、見えないんです。
「やっぱり疲れか?」と思って、やり過ごしました。

そんなことが、2度3度、繰り返されるうち、やっぱり医者に行こうと思い立ったのです。

当然、眼科です。

視力、眼底、眼圧、色々と検査されました。
唯一問題だったのが、「視野検査」です。

視野の左上が欠けていることがわかりました。

念のため、ということで、次の日に再検査をしました。

この日が限界でした。

眼科の先生曰く、
「眼科としての、できることはすべてやった。あと問題があるとすれば、脳、だ。」
とのこと。

耳を疑いました。

でも、その結果を聞くころには、医者に指示された丸椅子にも満足に座れず、
病室を出るときには看護士さんに手を取ってもらい、
金を払う時には財布を落とし。

もう完全に、「フラフラ」の状態でした。

そして、眼科の先生に書いていただいた紹介状を持って、
総合病院の脳外科に向かったんです。

今考えると、よく1人でいけたもんだと思います。

 

 

 

 

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2011年10月27日 | コメント/トラックバック(0) |

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退職から再就職へ

私はそれまで10年以上も勤めていたIT企業を退職し、転職活動をスタートしました。

心配な面は色々ありました。
一番大きかったのは金銭面です。
その時ひとり暮らしをしていたので、私の賃貸マンションの家賃は当然ですが、妻と子供が住んでいる賃貸マンションの家賃、その住民税、年金、と色々と支払がたくさんあり、それを払い続けられるのかが私の大きな悩みでした。

うつ病の症状にも心配がありました。

この時の主治医は、せっかく落ち着いてきた症状が、急激な環境の変化でまたぶり返すことを、とても心配されていました。私自身も自ら「大丈夫だ」と言い聞かせながら、日々の精神状態、自分との対話を繰り返していました。

転職活動で10社くらいの会社の面接を受けました。
幸い、3ヵ月で転職先が決まり、ほっと一安心したのです。

私のうつ病の症状も、特にひどくなることはなく、むしろだいぶ改善していたので、主治医も安心したようでした。

この期間の心の安定感は、私にとって大きな自信になりました。

周囲の環境の劇的な変化、それにまつわる色々な悩み、不安。それらに直面しても常に平常心でいられたのです。以前の私であれば、きっと頓服薬に手が伸びていたはずです。でもそういった薬に頼ることなく、この一面を乗り切ることができたのです。

これからは、「まずは仕事を一生懸命やる」。
心にそう決めて、新しい職場で心機一転、新しい歩を踏み出しました。

しかし、これもそうは長くは続かなかったのです。

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2011年10月20日 | コメント/トラックバック(2) |

カテゴリー:うつ病 仕事

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