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	<title>うつ病との決別！本当の自分へ！！</title>
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	<description>うつ病で多くのモノを失い、人生の第２ステップへ突き進む記録です。</description>
	<lastBuildDate>Fri, 24 Feb 2012 10:07:28 +0000</lastBuildDate>
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		<title>脳梗塞。。。。</title>
		<link>http://utsubyou.biz/archives/118.html</link>
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		<pubDate>Fri, 24 Feb 2012 10:07:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[脳梗塞]]></category>

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		<description><![CDATA[脳外科に行ってからが衝撃的でした。 病院についた時点でフラフラだったんですが、まずは脳外科で頭のレントゲンをとりました。 そしてわかったことが、「脳梗塞」だったんです。 まさに衝撃でした。 後頭部に３か所。 画像も見せられました。 その時点で意識が遠くなり、その後のことはよく覚えていません。 気づいたら、ベッドに寝ていたんです。 腕とか胸とか、よくわからない器具がたくさんついていて、頭の後ろのほうで「ピコーンピコーン」っていう音が響いています。 状況を全く理解することができず、起き上がろうとしましたが力が入りません。 もぞもぞしているうちに、看護師の方が入ってきて説明を受けました。 看護師の方の説明によると、私はレントゲン検査の後、別の検査をしようとしているうちに意識を失い、いくつか検査を行い、意識がもどらないまま集中治療室に移された、とのことでした。 ショックもありましたが、体に力が入らない、うまくしゃべれない、ほんとに何もできない、というような状態で何も考えることができませんでした。 もうこの時点では、うつ病がどうこうという感じではありませんでした。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>脳外科に行ってからが衝撃的でした。</p>
<p>病院についた時点でフラフラだったんですが、まずは脳外科で頭のレントゲンをとりました。<br />
そしてわかったことが、「脳梗塞」だったんです。</p>
<p>まさに衝撃でした。</p>
<p>後頭部に３か所。</p>
<p>画像も見せられました。</p>
<p>その時点で意識が遠くなり、その後のことはよく覚えていません。</p>
<p>気づいたら、ベッドに寝ていたんです。</p>
<p>腕とか胸とか、よくわからない器具がたくさんついていて、頭の後ろのほうで「ピコーンピコーン」っていう音が響いています。<br />
状況を全く理解することができず、起き上がろうとしましたが力が入りません。<br />
もぞもぞしているうちに、看護師の方が入ってきて説明を受けました。</p>
<p>看護師の方の説明によると、私はレントゲン検査の後、別の検査をしようとしているうちに意識を失い、いくつか検査を行い、意識がもどらないまま集中治療室に移された、とのことでした。</p>
<p>ショックもありましたが、体に力が入らない、うまくしゃべれない、ほんとに何もできない、というような状態で何も考えることができませんでした。</p>
<p>もうこの時点では、うつ病がどうこうという感じではありませんでした。</p>
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		<title>思うように軌道に乗らない。</title>
		<link>http://utsubyou.biz/archives/115.html</link>
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		<pubDate>Thu, 27 Oct 2011 12:39:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[仕事]]></category>

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		<description><![CDATA[※この話はうつ病は関係ありません。念のため。 新しい職場は外資系のソフトウェア会社でした。 私が言うのもなんですが、日本での認知度はまだそれほどでもなく、 認知度を高めることからスタートする必要がありました。 いわゆる、チャキチャキのベンチャー企業です。 やることはたくさんありました。 忙しくて、うつ病なんて忘れるほどでした。 就職して半年が過ぎようとしていたころでした。 自動車を運転していたら、何か異変があったんです。 この時は、「何か異変」程度にしか思いませんでした。 でも、ずっとではないんです。 「あれ？」って思うと、次の瞬間にはもとに戻っていました。 疲れてるのかな、ということで、ほっぽらかしにしていました。 しかし、また自動車の運転中、左上に見えているはずの信号が見えなかったんです。 「あれ？」って思って、信号を見ると、見えるんです。 で、まっすぐ前を見ると、左上の信号が、見えないんです。 「やっぱり疲れか？」と思って、やり過ごしました。 そんなことが、2度3度、繰り返されるうち、やっぱり医者に行こうと思い立ったのです。 当然、眼科です。 視力、眼底、眼圧、色々と検査されました。 唯一問題だったのが、「視野検査」です。 視野の左上が欠けていることがわかりました。 念のため、ということで、次の日に再検査をしました。 この日が限界でした。 眼科の先生曰く、 「眼科としての、できることはすべてやった。あと問題があるとすれば、脳、だ。」 とのこと。 耳を疑いました。 でも、その結果を聞くころには、医者に指示された丸椅子にも満足に座れず、 病室を出るときには看護士さんに手を取ってもらい、 金を払う時には財布を落とし。 もう完全に、「フラフラ」の状態でした。 そして、眼科の先生に書いていただいた紹介状を持って、 総合病院の脳外科に向かったんです。 今考えると、よく１人でいけたもんだと思います。 &#160; &#160; &#160; &#160;]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>※この話はうつ病は関係ありません。念のため。</p>
<p>新しい職場は外資系のソフトウェア会社でした。</p>
<p>私が言うのもなんですが、日本での認知度はまだそれほどでもなく、</p>
<p>認知度を高めることからスタートする必要がありました。</p>
<p>いわゆる、チャキチャキのベンチャー企業です。</p>
<p>やることはたくさんありました。</p>
<p>忙しくて、うつ病なんて忘れるほどでした。</p>
<p>就職して半年が過ぎようとしていたころでした。<br />
自動車を運転していたら、何か異変があったんです。<br />
この時は、「何か異変」程度にしか思いませんでした。</p>
<p>でも、ずっとではないんです。<br />
「あれ？」って思うと、次の瞬間にはもとに戻っていました。</p>
<p>疲れてるのかな、ということで、ほっぽらかしにしていました。</p>
<p>しかし、また自動車の運転中、左上に見えているはずの信号が見えなかったんです。<br />
「あれ？」って思って、信号を見ると、見えるんです。<br />
で、まっすぐ前を見ると、左上の信号が、見えないんです。<br />
「やっぱり疲れか？」と思って、やり過ごしました。</p>
<p>そんなことが、2度3度、繰り返されるうち、やっぱり医者に行こうと思い立ったのです。</p>
<p>当然、眼科です。</p>
<p>視力、眼底、眼圧、色々と検査されました。<br />
唯一問題だったのが、「視野検査」です。</p>
<p>視野の左上が欠けていることがわかりました。</p>
<p>念のため、ということで、次の日に再検査をしました。</p>
<p>この日が限界でした。</p>
<p>眼科の先生曰く、<br />
「眼科としての、できることはすべてやった。あと問題があるとすれば、脳、だ。」<br />
とのこと。</p>
<p>耳を疑いました。</p>
<p>でも、その結果を聞くころには、医者に指示された丸椅子にも満足に座れず、<br />
病室を出るときには看護士さんに手を取ってもらい、<br />
金を払う時には財布を落とし。</p>
<p>もう完全に、「フラフラ」の状態でした。</p>
<p>そして、眼科の先生に書いていただいた紹介状を持って、<br />
総合病院の脳外科に向かったんです。</p>
<p>今考えると、よく１人でいけたもんだと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		<title>退職から再就職へ</title>
		<link>http://utsubyou.biz/archives/112.html</link>
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		<pubDate>Thu, 20 Oct 2011 02:21:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[うつ病]]></category>
		<category><![CDATA[仕事]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://utsubyou.biz/?p=112</guid>
		<description><![CDATA[私はそれまで１０年以上も勤めていたIT企業を退職し、転職活動をスタートしました。 心配な面は色々ありました。 一番大きかったのは金銭面です。 その時ひとり暮らしをしていたので、私の賃貸マンションの家賃は当然ですが、妻と子供が住んでいる賃貸マンションの家賃、その住民税、年金、と色々と支払がたくさんあり、それを払い続けられるのかが私の大きな悩みでした。 うつ病の症状にも心配がありました。 この時の主治医は、せっかく落ち着いてきた症状が、急激な環境の変化でまたぶり返すことを、とても心配されていました。私自身も自ら「大丈夫だ」と言い聞かせながら、日々の精神状態、自分との対話を繰り返していました。 転職活動で１０社くらいの会社の面接を受けました。 幸い、３ヵ月で転職先が決まり、ほっと一安心したのです。 私のうつ病の症状も、特にひどくなることはなく、むしろだいぶ改善していたので、主治医も安心したようでした。 この期間の心の安定感は、私にとって大きな自信になりました。 周囲の環境の劇的な変化、それにまつわる色々な悩み、不安。それらに直面しても常に平常心でいられたのです。以前の私であれば、きっと頓服薬に手が伸びていたはずです。でもそういった薬に頼ることなく、この一面を乗り切ることができたのです。 これからは、「まずは仕事を一生懸命やる」。 心にそう決めて、新しい職場で心機一転、新しい歩を踏み出しました。 しかし、これもそうは長くは続かなかったのです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>私はそれまで１０年以上も勤めていたIT企業を退職し、転職活動をスタートしました。</p>
<p>心配な面は色々ありました。<br />
一番大きかったのは金銭面です。<br />
その時ひとり暮らしをしていたので、私の賃貸マンションの家賃は当然ですが、妻と子供が住んでいる賃貸マンションの家賃、その住民税、年金、と色々と支払がたくさんあり、それを払い続けられるのかが私の大きな悩みでした。</p>
<p>うつ病の症状にも心配がありました。</p>
<p>この時の主治医は、せっかく落ち着いてきた症状が、急激な環境の変化でまたぶり返すことを、とても心配されていました。私自身も自ら「大丈夫だ」と言い聞かせながら、日々の精神状態、自分との対話を繰り返していました。</p>
<p>転職活動で１０社くらいの会社の面接を受けました。<br />
幸い、３ヵ月で転職先が決まり、ほっと一安心したのです。</p>
<p>私のうつ病の症状も、特にひどくなることはなく、むしろだいぶ改善していたので、主治医も安心したようでした。</p>
<p>この期間の心の安定感は、私にとって大きな自信になりました。</p>
<p>周囲の環境の劇的な変化、それにまつわる色々な悩み、不安。それらに直面しても常に平常心でいられたのです。以前の私であれば、きっと頓服薬に手が伸びていたはずです。でもそういった薬に頼ることなく、この一面を乗り切ることができたのです。</p>
<p>これからは、「まずは仕事を一生懸命やる」。<br />
心にそう決めて、新しい職場で心機一転、新しい歩を踏み出しました。</p>
<p>しかし、これもそうは長くは続かなかったのです。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>リストラ</title>
		<link>http://utsubyou.biz/archives/80.html</link>
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		<pubDate>Mon, 15 Nov 2010 05:42:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[うつ病]]></category>
		<category><![CDATA[仕事]]></category>

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		<description><![CDATA[私が勤めていた会社は、IT企業としてそれなりの知名度もありたくさんのユーザーを抱えていました。 ずっと右肩上がりの成長を続け、会社の規模もかなり大きくなりました。しかしリーマンショックや競合企業の台頭などもあって、ついに利益が赤字に転じてしまったんです。 子会社の統廃合、パートナー社員の整理など、「リストラ」という行為が迫っていたのを感じていました。 しかし、しかしです。 10年以上も務め、うつ病で途中リタイアはしましたが、会社のために働き続けた私をリストラはしないだろうと、心のどこかで思っていました。 しかし、やっぱり予想通りの事態になりました。早期退職制度が発令されたんです。しかし安心できたのは、この早期退職制度は45歳以上の社員に限定されていたことです。よかった、私は対象外だ、と安心しました。 ところが、事態は急変しました。 副事業部長と部長に呼ばれ、早期退職をしないか、という打診があったんです。 最初は何を言っているのかよく理解できませんでした。 早期退職制度が発令されたのは知っていましたが、どうして私にそんなことを言うのか。 当然私はその理由を聞きました。 状況としては、私と同じようにうつ病で休職している方から、自分も早期退職制度の対象にしてほしいと要望があったのだそうです。 そこで、うつ病で休職している方、休職の過去がある方も早期退職制度の対象にすることに決まったのだそうです。しかしこのことは会社として公表はせずに個別に対応をすることになったのだそうです。 「うつ病だからですか？」私は聞きました。「うつ病は理由ではない」という答えでした。そうだ、とは言わないですよね。 うつ病というのは、まだまだ社会では通用しないんだな、と痛感した瞬間でした。 しかしこのうつ病社員への早期退職は、強制ではありません。あくまでも自己判断で会社に残ることもできました。 私はかなり悩みました。せっかく希望する仕事ができている。やる気にもなっている。このタイミングで会社を去るという選択肢は、どういうことになるのだろうか。 恐怖すら感じました。 しかし会社から三行半を突き付けられて、そうまでして赤字の会社にしがみつく理由があるだろうかという思いもありました。 そんなことを1ヶ月くらい悩みました。 結局私の出した結論は「退職」でした。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>私が勤めていた会社は、IT企業としてそれなりの知名度もありたくさんのユーザーを抱えていました。</p>
<p>ずっと右肩上がりの成長を続け、会社の規模もかなり大きくなりました。しかしリーマンショックや競合企業の台頭などもあって、ついに利益が赤字に転じてしまったんです。</p>
<p>子会社の統廃合、パートナー社員の整理など、「リストラ」という行為が迫っていたのを感じていました。</p>
<p>しかし、しかしです。</p>
<p>10年以上も務め、うつ病で途中リタイアはしましたが、会社のために働き続けた私をリストラはしないだろうと、心のどこかで思っていました。</p>
<p>しかし、やっぱり予想通りの事態になりました。早期退職制度が発令されたんです。しかし安心できたのは、この早期退職制度は45歳以上の社員に限定されていたことです。よかった、私は対象外だ、と安心しました。</p>
<p>ところが、事態は急変しました。</p>
<p class="fl-r m10">
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</p>
<p>副事業部長と部長に呼ばれ、早期退職をしないか、という打診があったんです。</p>
<p>最初は何を言っているのかよく理解できませんでした。</p>
<p>早期退職制度が発令されたのは知っていましたが、どうして私にそんなことを言うのか。<br />
当然私はその理由を聞きました。</p>
<p>状況としては、私と同じようにうつ病で休職している方から、自分も早期退職制度の対象にしてほしいと要望があったのだそうです。</p>
<p>そこで、うつ病で休職している方、休職の過去がある方も早期退職制度の対象にすることに決まったのだそうです。しかしこのことは会社として公表はせずに個別に対応をすることになったのだそうです。</p>
<p>「うつ病だからですか？」私は聞きました。「うつ病は理由ではない」という答えでした。そうだ、とは言わないですよね。</p>
<p>うつ病というのは、まだまだ社会では通用しないんだな、と痛感した瞬間でした。</p>
<p>しかしこのうつ病社員への早期退職は、強制ではありません。あくまでも自己判断で会社に残ることもできました。</p>
<p>私はかなり悩みました。せっかく希望する仕事ができている。やる気にもなっている。このタイミングで会社を去るという選択肢は、どういうことになるのだろうか。</p>
<p>恐怖すら感じました。</p>
<p>しかし会社から三行半を突き付けられて、そうまでして赤字の会社にしがみつく理由があるだろうかという思いもありました。</p>
<p>そんなことを1ヶ月くらい悩みました。</p>
<p>結局私の出した結論は「退職」でした。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>久しぶりの1人暮らしへ</title>
		<link>http://utsubyou.biz/archives/78.html</link>
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		<pubDate>Mon, 15 Nov 2010 05:41:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[うつ病]]></category>
		<category><![CDATA[うつ病の薬]]></category>
		<category><![CDATA[仕事]]></category>
		<category><![CDATA[家族への思い]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://utsubyou.biz/?p=78</guid>
		<description><![CDATA[復職してからずっと、私は実家から会社に通っていました。実家は駅から遠かったので、両親に送り迎えをしてもらっていました。 会社が終わった後にうつ病の病院へ寄ることもあったり、外出することもあったりで、帰りが不規則になり、両親に負担をかけていることはわかっていました。 これが私にとってストレスになっていることは分かっていました。 うつ病にストレスは禁物です。 些細なことでも、自分の周りからストレスを排除する。これがうつ病治癒の最短ルートだと思います。 2009年の冬くらいから引っ越しを考え始めました。 妻と息子とは依然として別居しており、生活費を仕送りしている状況で、金銭的に厳しいことは分かっていましたが、うつ病治癒のためには仕方がないだろうという判断でした。 主治医にも相談をしました。 主治医は私のストレスを理解してくれていて、反対をすることはありませんでした。 ただ、新居は会社と実家の中間にするように指示がありました。何かあった時にすぐに実家に帰れるようにとの配慮です。 WEBでだいたいの目星をつけて、仕事帰りに物件を見て回りました。山手線内は家賃は高めだったのですが、実家への乗り換えが便利な駅の近くにちょうど良い物件を見つけることができ、契約しました。 決して広くはないし、東向きで日当たりも悪かったのですが、新しい私の城を作る嬉しさがありました。 こうして2010年1月から、私の新しい生活がスタートしたんです。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>復職してからずっと、私は実家から会社に通っていました。実家は駅から遠かったので、両親に送り迎えをしてもらっていました。</p>
<p>会社が終わった後にうつ病の病院へ寄ることもあったり、外出することもあったりで、帰りが不規則になり、両親に負担をかけていることはわかっていました。</p>
<p>これが私にとってストレスになっていることは分かっていました。</p>
<p>うつ病にストレスは禁物です。</p>
<p>些細なことでも、自分の周りからストレスを排除する。これがうつ病治癒の最短ルートだと思います。</p>
<p>2009年の冬くらいから引っ越しを考え始めました。</p>
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</p>
<p>妻と息子とは依然として別居しており、生活費を仕送りしている状況で、金銭的に厳しいことは分かっていましたが、うつ病治癒のためには仕方がないだろうという判断でした。<br />
主治医にも相談をしました。</p>
<p>主治医は私のストレスを理解してくれていて、反対をすることはありませんでした。</p>
<p>ただ、新居は会社と実家の中間にするように指示がありました。何かあった時にすぐに実家に帰れるようにとの配慮です。</p>
<p>WEBでだいたいの目星をつけて、仕事帰りに物件を見て回りました。山手線内は家賃は高めだったのですが、実家への乗り換えが便利な駅の近くにちょうど良い物件を見つけることができ、契約しました。</p>
<p>決して広くはないし、東向きで日当たりも悪かったのですが、新しい私の城を作る嬉しさがありました。</p>
<p>こうして2010年1月から、私の新しい生活がスタートしたんです。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>仕事が軌道に乗り始める</title>
		<link>http://utsubyou.biz/archives/76.html</link>
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		<pubDate>Mon, 15 Nov 2010 05:15:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[うつ病]]></category>
		<category><![CDATA[うつ病の薬]]></category>
		<category><![CDATA[仕事]]></category>
		<category><![CDATA[復職]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://utsubyou.biz/?p=76</guid>
		<description><![CDATA[仕事が軌道に乗り始める 復職してから、内勤の部署に配属になったと記載しましたが、内勤といっても出張があったりして、けっこうハードな仕事をしていました。 残業は禁止されていましたが、その決まりは「5時半に帰ること」というもので、ガチガチに拘束されていたわけではありません。 私は休職前から朝早く会社に行く習慣があって、9時半が始業なのですが、いつも7時半には会社にいました。 つまり、その時点で2時間分の残業をしている計算になってしまうのです。そのことに関しては特に誰も何も言いませんでした。 結局は自己管理ですので、つらいと思ったら早く帰っていましたし、気分が落ち込んでくる気配を感じたら早めに休憩をとるようにしていました。 このころから、「気分」という形のないものをコントロールできるようになっていたんです。 そうすると徐々にですが仕事に対する取り組みの姿勢も変わってきていた気がします。やる気が出たというか、復職してすぐは出社して帰るまで「気分」を保つことで精一杯でしたが、「気分」をコントロールできるようになり、集中できるようになっていたようです。 ほどなくして部署異動がありました。 私はずっと製造業向けのシステムに携わってきましたが、このころからマーケティングに興味を持ち始め、個人的に勉強などをしていました。 ちょうどそのタイミングでマーケティングの部署に異動することができました。 これはとても嬉しかったです。 製造業を相手にした部署の中のマーケティングの部署でしたが、自分が希望するような仕事ができると思い、追い風を感じたものです。 しかし、人生はそんなに甘くない。 今度はリストラの波が私を襲うことになりました。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>仕事が軌道に乗り始める</p>
<p>復職してから、内勤の部署に配属になったと記載しましたが、内勤といっても出張があったりして、けっこうハードな仕事をしていました。</p>
<p>残業は禁止されていましたが、その決まりは「5時半に帰ること」というもので、ガチガチに拘束されていたわけではありません。</p>
<p>私は休職前から朝早く会社に行く習慣があって、9時半が始業なのですが、いつも7時半には会社にいました。</p>
<p>つまり、その時点で2時間分の残業をしている計算になってしまうのです。そのことに関しては特に誰も何も言いませんでした。</p>
<p>結局は自己管理ですので、つらいと思ったら早く帰っていましたし、気分が落ち込んでくる気配を感じたら早めに休憩をとるようにしていました。</p>
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</p>
<p>このころから、「気分」という形のないものをコントロールできるようになっていたんです。</p>
<p>そうすると徐々にですが仕事に対する取り組みの姿勢も変わってきていた気がします。やる気が出たというか、復職してすぐは出社して帰るまで「気分」を保つことで精一杯でしたが、「気分」をコントロールできるようになり、集中できるようになっていたようです。</p>
<p>ほどなくして部署異動がありました。</p>
<p>私はずっと製造業向けのシステムに携わってきましたが、このころからマーケティングに興味を持ち始め、個人的に勉強などをしていました。</p>
<p>ちょうどそのタイミングでマーケティングの部署に異動することができました。</p>
<p>これはとても嬉しかったです。</p>
<p>製造業を相手にした部署の中のマーケティングの部署でしたが、自分が希望するような仕事ができると思い、追い風を感じたものです。</p>
<p>しかし、人生はそんなに甘くない。<br />
今度はリストラの波が私を襲うことになりました。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>再び襲う孤独感</title>
		<link>http://utsubyou.biz/archives/74.html</link>
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		<pubDate>Mon, 15 Nov 2010 05:01:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[うつ病]]></category>
		<category><![CDATA[うつ病と自傷]]></category>
		<category><![CDATA[うつ病の薬]]></category>
		<category><![CDATA[家族への思い]]></category>
		<category><![CDATA[自殺願望]]></category>
		<category><![CDATA[薬の副作用]]></category>

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		<description><![CDATA[うつ病は絶望感や孤独感との闘い、とよく言われます。２００９年１２月頃、会社が嫌でたまらなくなってしまったんです。 今まで仕事が嫌いなんて思ったことはありませんでした。 ＩＴサービス業のテクニカルコンサルタントとしてお客様に喜んでいただく仕事に誇りを持っていましたし、 製造業のお客様と接することが大好きでした。 しかし復職して６ヶ月目の１０月半ば頃からなんとなく違和感を覚えるようになったんです。 まず朝起きられなくなりました。それまでは目覚ましがなれば苦労することも無く起きることができていたんですが 目覚ましを止めて２度寝するようになっていました。ただ単に疲れが溜まってきたのかな、 程度にしか思っていなかったのですが、これが１１月、１２月と月日が経過するごとにつらくなりました。 １１月半ば頃から出張にも行くようになり、仕事もだいぶ軌道に乗っていたんです。 しかし、山形に出張に行った際、ホテルで夕食を食べているときにふと、「あ、仕事が嫌なんだ」と思ってしまったんです。 そう、仕事が嫌になっていたんです。朝に目が覚めると会社に行きたくないと思い、でも母親の送りで最寄り駅から電車に乗ります。 通勤時間帯ですから、みんな殺気立ってます。走っている人もいれば早足で歩いている人もいます。 そんな中、私はそれにつられて走るときもありましたが、たいていはそんな人たちよりもかなり遅いペースで歩いていました。 そして会社の近くまできて、「ダメだ」と思って近くの喫茶店で始業時間ギリギリまで コーヒーを飲みながら本を読んでいたこともかなりありました。 完全に再発でした。 主治医には「うつがぶり返してしまっている」「うつの症状がひどくなっている」と言われ、薬が増やされました。 うつ病の再発は予想していなかったわけではないんです。色んなホームページやブログ、 書籍を見ていて再発は避けて通れないのかな、と復職当時には思っていました。 しかし、復職してから多少の気分の波はありましたが、すこぶる順調に会社に来れていました。そこへ来てうつ病の再発です。 再び、「なんで自分だけ」という思いが蘇ってきました。 うつ病になり１日中窓から高尾山を眺めていたときの孤独感と同じ感情でした。 さらに１２月になってもこの感情は消えず、減ってきた薬も再び増えてしまい、頭痛や眠気、 手の振るえなどの副作用に耐えながらなんとか２００９年は過ぎていきました。 さらに年明けに引越しも済ませていたため、孤独感はよりいっそう強いものになって行きました。 両親や主治医、産業医、保健師の方々は引越しは時期をずらすことを考えた方が良いと言いましたが、 私の中には「今の状況を変えるには生活を変えないといけない」という思いの方が強かったのです。 主治医は当初私が探していた会社の近所に引っ越すのではなく、会社と実家の中間地点くらいに引っ越すのが良い、 とのことだったのでそれは主治医の指示に従いました。 会社に入ったときから1人暮らしをしていたので、慣れているとは思っていたのですが、 結婚して妻と暮らすようになってから分担作業が多くなり、 1人暮らしを始めてからの数ヶ月間はちょっとした足りないものを揃えるのに色々と奔走してました。 そのため、あまり自分と向き合う時間が取れなかったため、これはこれでよかったのかもしれません。 その後1人暮らし用のグッズが一通り揃って、周辺の環境にも慣れ、会社までも近いので通勤も楽だし良いことばっかりだ、 と思っていたのですが、実はそうではありませんでした。 やはり予想はしていましたが、孤独感が襲ってきたのです。誰もいない家に帰る。 ペット飼育可なのですが、そこまでの余裕は無いので飼いませんでした。朝起きても朝食は1人で作り１人で食べる。 食器も洗わなければならない。洗濯、アイロンがけ、掃除、と家事全般を１人でやるという事に対して、 「オレには家族がいるのに何でこんなことをやっているんだろう」と疑問を持つ日もありました。 しかも２重生活は無理だと伝えた妻は、仕事をなかなか見つけませんでした。 メールを出しても返事がなかなか返ってこない、電話をしても通じない。全く話をすることができませんでした。 私も生活があるので妻と息子の生活費と住居費の名目として１０万円を出すから、 不足分は仕事を見つけて稼いでくれ、とメールを出しました。返事は返ってきませんでした。 しかし、私は上記の通りにしました。妻は私の給料振込先口座の操作をできるので、 私は給料振込先口座に１０万円だけが振り込まれるようにして、妻に、「そのお金がオレからの援助金だから」 というメールを出しました。給料の残りは私の口座に振り込まれるようにしました。 それでも妻は仕事探しをしているのかしていないのかも連絡がなく、 またどういう就職活動をしているのかも私には連絡がありませんでした。 上記の通り、妻からは一切連絡がないんです。私は「妻」という存在を疑い始めました。 彼女はいったい誰だったのだろう、大学の頃から付き合ってきた彼女ですから、 もう１０年以上も付き合ってきました。しかし、この時の連絡手段のメール、電話が通じない。 拒否はしていないようだけれども返信がない。 こんなことをあれこれ考えているうちに孤独感は増すばかりでした。 しかしやはり孤独感は消えません。絶望感、孤独感、喪失感、などなど、 これらは一生背負っていかないといけないのかな、と当時は思っていました。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>うつ病は絶望感や孤独感との闘い、とよく言われます。２００９年１２月頃、会社が嫌でたまらなくなってしまったんです。 今まで仕事が嫌いなんて思ったことはありませんでした。 ＩＴサービス業のテクニカルコンサルタントとしてお客様に喜んでいただく仕事に誇りを持っていましたし、 製造業のお客様と接することが大好きでした。</p>
<p>しかし復職して６ヶ月目の１０月半ば頃からなんとなく違和感を覚えるようになったんです。 まず朝起きられなくなりました。それまでは目覚ましがなれば苦労することも無く起きることができていたんですが 目覚ましを止めて２度寝するようになっていました。ただ単に疲れが溜まってきたのかな、 程度にしか思っていなかったのですが、これが１１月、１２月と月日が経過するごとにつらくなりました。</p>
<p>１１月半ば頃から出張にも行くようになり、仕事もだいぶ軌道に乗っていたんです。 しかし、山形に出張に行った際、ホテルで夕食を食べているときにふと、「あ、仕事が嫌なんだ」と思ってしまったんです。 そう、仕事が嫌になっていたんです。朝に目が覚めると会社に行きたくないと思い、でも母親の送りで最寄り駅から電車に乗ります。 通勤時間帯ですから、みんな殺気立ってます。走っている人もいれば早足で歩いている人もいます。 そんな中、私はそれにつられて走るときもありましたが、たいていはそんな人たちよりもかなり遅いペースで歩いていました。</p>
<p>そして会社の近くまできて、「ダメだ」と思って近くの喫茶店で始業時間ギリギリまで コーヒーを飲みながら本を読んでいたこともかなりありました。</p>
<p class="fl-r m10">
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</p>
<p>完全に再発でした。</p>
<p>主治医には「うつがぶり返してしまっている」「うつの症状がひどくなっている」と言われ、薬が増やされました。 うつ病の再発は予想していなかったわけではないんです。色んなホームページやブログ、 書籍を見ていて再発は避けて通れないのかな、と復職当時には思っていました。 しかし、復職してから多少の気分の波はありましたが、すこぶる順調に会社に来れていました。そこへ来てうつ病の再発です。</p>
<p>再び、「なんで自分だけ」という思いが蘇ってきました。 うつ病になり１日中窓から高尾山を眺めていたときの孤独感と同じ感情でした。 さらに１２月になってもこの感情は消えず、減ってきた薬も再び増えてしまい、頭痛や眠気、 手の振るえなどの副作用に耐えながらなんとか２００９年は過ぎていきました。 さらに年明けに引越しも済ませていたため、孤独感はよりいっそう強いものになって行きました。</p>
<p>両親や主治医、産業医、保健師の方々は引越しは時期をずらすことを考えた方が良いと言いましたが、 私の中には「今の状況を変えるには生活を変えないといけない」という思いの方が強かったのです。 主治医は当初私が探していた会社の近所に引っ越すのではなく、会社と実家の中間地点くらいに引っ越すのが良い、 とのことだったのでそれは主治医の指示に従いました。</p>
<p>会社に入ったときから1人暮らしをしていたので、慣れているとは思っていたのですが、 結婚して妻と暮らすようになってから分担作業が多くなり、 1人暮らしを始めてからの数ヶ月間はちょっとした足りないものを揃えるのに色々と奔走してました。 そのため、あまり自分と向き合う時間が取れなかったため、これはこれでよかったのかもしれません。</p>
<p>その後1人暮らし用のグッズが一通り揃って、周辺の環境にも慣れ、会社までも近いので通勤も楽だし良いことばっかりだ、 と思っていたのですが、実はそうではありませんでした。</p>
<p>やはり予想はしていましたが、孤独感が襲ってきたのです。誰もいない家に帰る。 ペット飼育可なのですが、そこまでの余裕は無いので飼いませんでした。朝起きても朝食は1人で作り１人で食べる。 食器も洗わなければならない。洗濯、アイロンがけ、掃除、と家事全般を１人でやるという事に対して、 「オレには家族がいるのに何でこんなことをやっているんだろう」と疑問を持つ日もありました。</p>
<p>しかも２重生活は無理だと伝えた妻は、仕事をなかなか見つけませんでした。 メールを出しても返事がなかなか返ってこない、電話をしても通じない。全く話をすることができませんでした。 私も生活があるので妻と息子の生活費と住居費の名目として１０万円を出すから、 不足分は仕事を見つけて稼いでくれ、とメールを出しました。返事は返ってきませんでした。</p>
<p>しかし、私は上記の通りにしました。妻は私の給料振込先口座の操作をできるので、 私は給料振込先口座に１０万円だけが振り込まれるようにして、妻に、「そのお金がオレからの援助金だから」 というメールを出しました。給料の残りは私の口座に振り込まれるようにしました。 それでも妻は仕事探しをしているのかしていないのかも連絡がなく、 またどういう就職活動をしているのかも私には連絡がありませんでした。</p>
<p>上記の通り、妻からは一切連絡がないんです。私は「妻」という存在を疑い始めました。 彼女はいったい誰だったのだろう、大学の頃から付き合ってきた彼女ですから、 もう１０年以上も付き合ってきました。しかし、この時の連絡手段のメール、電話が通じない。 拒否はしていないようだけれども返信がない。</p>
<p>こんなことをあれこれ考えているうちに孤独感は増すばかりでした。</p>
<p>しかしやはり孤独感は消えません。絶望感、孤独感、喪失感、などなど、 これらは一生背負っていかないといけないのかな、と当時は思っていました。</p>
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		<title>妻が出した結論</title>
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		<pubDate>Mon, 15 Nov 2010 05:00:31 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[うつ病]]></category>
		<category><![CDATA[うつ病の薬]]></category>
		<category><![CDATA[家族への思い]]></category>
		<category><![CDATA[薬の副作用]]></category>

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		<description><![CDATA[復職して７ヶ月ほど経った頃だと思います。私は相変わらず実家から会社に通い、妻と子供は八王子に２人きりで住んでいました。 そんな状態が自然なこととは誰しもが思っていなかったのですが、妻のトラウマが治らない限り私が八王子に戻ることはできなかったのです。 私自身、実家で長く世話になるつもりはありませんでした。第一私の父親はすでに定年して年金で暮らしています。 一応、妻は私の両親向けに私の生活費という名目でお金を出していましたが、私の両親は受け取っていませんでした。 私の実家はＪＲ線から私鉄に乗り換え、さらに最寄り駅からは自動車でないと通えない距離にありました。 さらに、会社から最寄り駅までは１時間３０分強の時間がかかり、仮に１９時半まで仕事をしてしまうと家に着くのは１０時近くなってしまうのです。 私が社会人になって一人暮らしを始めて、両親だけの生活が始まってから、両親は毎日９時ごろには寝てしまう生活でした。 それが私が身を寄せることで生活リズムが狂ってしまっていたのです。これは私にとって大きな負担でした。 そんな時のことです。主治医がある提案をしてくれました。 「奥様との別居生活は、奥様の気持ちの整理がつくまで続くことが予想される。 実家でのストレスが大きいのであれば、あなたが１人暮らしを始めるのはどうですか？」というものでした。 しかし、当時の私の給料での２重生活は無理でした。そこで私は妻に対して４つの選択肢を提示しました。 ①．年明けから八王子の家に私が住む（妻と息子は妻の実家に引越し） ②．年度末から八王子の家に私が住む（妻と息子は妻の実家に引越し） ③．私がどこかで１人暮らし（妻と息子は八王子の家で今まで通り） ④．妻と息子が２人暮らしを始める（私が八王子の家に住む） 妻が選んだ選択肢は③でした。 この選択肢をどう考えるかは人それぞれ難しいですが、私は離婚を考え始めました。 妻にとって息子はもちろん大切な存在です。しかしそこに私がいなくてもいいのだな、私の必要性はなくなったんだな、と私はその時思いました。 この時の私を冷静に見てみれば、養育費や住居費、食費、生活費などのお金を出してあげているだけで、事実上の離婚しているのと同じだなと思いました。 この時はさすがにカッターに手が伸びました。が、寸前のところでやめました。 以前であればそのままザックリといっていたと思うのですが、その時は「人生の第２ステージが始まったんだ」と考えを変えることができたんです。 これこそがうつ病の治癒の第１歩だったのかもしれません。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>復職して７ヶ月ほど経った頃だと思います。私は相変わらず実家から会社に通い、妻と子供は八王子に２人きりで住んでいました。 そんな状態が自然なこととは誰しもが思っていなかったのですが、妻のトラウマが治らない限り私が八王子に戻ることはできなかったのです。</p>
<p>私自身、実家で長く世話になるつもりはありませんでした。第一私の父親はすでに定年して年金で暮らしています。 一応、妻は私の両親向けに私の生活費という名目でお金を出していましたが、私の両親は受け取っていませんでした。</p>
<p>私の実家はＪＲ線から私鉄に乗り換え、さらに最寄り駅からは自動車でないと通えない距離にありました。 さらに、会社から最寄り駅までは１時間３０分強の時間がかかり、仮に１９時半まで仕事をしてしまうと家に着くのは１０時近くなってしまうのです。</p>
<p>私が社会人になって一人暮らしを始めて、両親だけの生活が始まってから、両親は毎日９時ごろには寝てしまう生活でした。 それが私が身を寄せることで生活リズムが狂ってしまっていたのです。これは私にとって大きな負担でした。</p>
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</p>
<p>そんな時のことです。主治医がある提案をしてくれました。 「奥様との別居生活は、奥様の気持ちの整理がつくまで続くことが予想される。 実家でのストレスが大きいのであれば、あなたが１人暮らしを始めるのはどうですか？」というものでした。 しかし、当時の私の給料での２重生活は無理でした。そこで私は妻に対して４つの選択肢を提示しました。</p>
<p>①．年明けから八王子の家に私が住む（妻と息子は妻の実家に引越し）<br />
②．年度末から八王子の家に私が住む（妻と息子は妻の実家に引越し）<br />
③．私がどこかで１人暮らし（妻と息子は八王子の家で今まで通り）<br />
④．妻と息子が２人暮らしを始める（私が八王子の家に住む）</p>
<p>妻が選んだ選択肢は③でした。</p>
<p>この選択肢をどう考えるかは人それぞれ難しいですが、私は離婚を考え始めました。 妻にとって息子はもちろん大切な存在です。しかしそこに私がいなくてもいいのだな、私の必要性はなくなったんだな、と私はその時思いました。 この時の私を冷静に見てみれば、養育費や住居費、食費、生活費などのお金を出してあげているだけで、事実上の離婚しているのと同じだなと思いました。</p>
<p>この時はさすがにカッターに手が伸びました。が、寸前のところでやめました。 以前であればそのままザックリといっていたと思うのですが、その時は「人生の第２ステージが始まったんだ」と考えを変えることができたんです。 これこそがうつ病の治癒の第１歩だったのかもしれません。</p>
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		<title>仕事への疑問</title>
		<link>http://utsubyou.biz/archives/69.html</link>
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		<pubDate>Mon, 15 Nov 2010 04:59:01 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[うつ病]]></category>
		<category><![CDATA[うつ病の薬]]></category>
		<category><![CDATA[仕事]]></category>
		<category><![CDATA[復職]]></category>

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		<description><![CDATA[復職してちょうど上期が終わり、下期の戦略会議がありました。うちの会社は期初に全事業部員が集まって「戦略会議」が行われるんです。 戦略会議といっても名ばかりで、営業の成績報告、そして「下期も頑張ります！」みたいな、 妙な体育会系のノリで終わってしまうのが通常のものでした。 そして２年半ぶりに戦略会議に出てみたのですが、やはり内容は同じ。 営業部長やマネージャーが「上期は予算未達でスイマセンでした」から始まり、 上期の活動の振り返り、そして案の定「下期も頑張ります」で終わっていました。どういう戦略を立てていて、 どういう戦術を使って予算の達成を目指すのかが全く明確になっておらず、これじゃぁ２年前と同じだな、というのが率直な私の感想でした。 こんなことをこんなところで言っていいものかどうか分かりませんが、うちの会社は相当な赤字です。 株主への予算下方修正を繰り返し市場においても信頼度が下がってます。一時期はＩＴ企業ではトップクラスだったのですが、 どんどん競合が増え、すっかりおとなしくなってしまいました。まして赤字で大変なこの時期に、「下期も頑張ります！」では困りますよね。 私はこの時は目標設定面接もしていなかったので、第三者的な目で見ていたのですが、 会社の戦略、事業部の戦略、部の戦略、グループの戦略とブレークダウンされて目標が決まり、 各社員が戦術を考えるのが通常だと思いますが、「どうすれば予算を達成する」という一番肝心なところが抜けているんです。 出席しただけ無駄だったなと思いました。 そんな中、私はずっとアフィリエイトでお小遣い稼ぎをしてましたから、こっちを本業にしてはどうなんだろう、と考え始めました。 この時のアフィリエイトの収入は楽天が月２万～３万ポイント、物販が１万円程度、 ＰＰＣは広告費を入れれば月３万～４万円程度、Ａｄｓｅｎｓｅはゼロ。本業としていいものなのかどうか悩みました。 色んなネット起業の本も読みました。しかしこの時は「まだ早い」と思い、とりあえず本業はまだ残業規制などがあったので、 副業としてもう少し力を入れてみるか、と決心しました。 上述のような戦略会議をやっていたのでは、うちの会社は今もですが、いずれものすごい危機が訪れるような気がするんです。 その時に食べていけるように得意分野というか何か別なスキルを身につけておこうと思いました。 うつ病を経験してから、物事を冷静に客観的に見ることができるようになっていました。 自分の心をコントロールするために闘ってきた成果なのかもしれません。自分の心が危うい、 と思ったら気分を落ち着ける頓服薬を飲むとか、仕事中にどうしても落ち着かなくなってきたときには適度に休憩を入れるなど、 今までの私はやっていなかったような「自分への対処」ができるようになっていたんです。 これが後に出てくる「起業への決意」の一端でもありました。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>復職してちょうど上期が終わり、下期の戦略会議がありました。うちの会社は期初に全事業部員が集まって「戦略会議」が行われるんです。 戦略会議といっても名ばかりで、営業の成績報告、そして「下期も頑張ります！」みたいな、 妙な体育会系のノリで終わってしまうのが通常のものでした。</p>
<p>そして２年半ぶりに戦略会議に出てみたのですが、やはり内容は同じ。 営業部長やマネージャーが「上期は予算未達でスイマセンでした」から始まり、 上期の活動の振り返り、そして案の定「下期も頑張ります」で終わっていました。どういう戦略を立てていて、 どういう戦術を使って予算の達成を目指すのかが全く明確になっておらず、これじゃぁ２年前と同じだな、というのが率直な私の感想でした。</p>
<p>こんなことをこんなところで言っていいものかどうか分かりませんが、うちの会社は相当な赤字です。 株主への予算下方修正を繰り返し市場においても信頼度が下がってます。一時期はＩＴ企業ではトップクラスだったのですが、 どんどん競合が増え、すっかりおとなしくなってしまいました。まして赤字で大変なこの時期に、「下期も頑張ります！」では困りますよね。</p>
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</p>
<p>私はこの時は目標設定面接もしていなかったので、第三者的な目で見ていたのですが、 会社の戦略、事業部の戦略、部の戦略、グループの戦略とブレークダウンされて目標が決まり、 各社員が戦術を考えるのが通常だと思いますが、「どうすれば予算を達成する」という一番肝心なところが抜けているんです。 出席しただけ無駄だったなと思いました。</p>
<p>そんな中、私はずっとアフィリエイトでお小遣い稼ぎをしてましたから、こっちを本業にしてはどうなんだろう、と考え始めました。 この時のアフィリエイトの収入は楽天が月２万～３万ポイント、物販が１万円程度、 ＰＰＣは広告費を入れれば月３万～４万円程度、Ａｄｓｅｎｓｅはゼロ。本業としていいものなのかどうか悩みました。 色んなネット起業の本も読みました。しかしこの時は「まだ早い」と思い、とりあえず本業はまだ残業規制などがあったので、 副業としてもう少し力を入れてみるか、と決心しました。</p>
<p>上述のような戦略会議をやっていたのでは、うちの会社は今もですが、いずれものすごい危機が訪れるような気がするんです。 その時に食べていけるように得意分野というか何か別なスキルを身につけておこうと思いました。</p>
<p>うつ病を経験してから、物事を冷静に客観的に見ることができるようになっていました。 自分の心をコントロールするために闘ってきた成果なのかもしれません。自分の心が危うい、 と思ったら気分を落ち着ける頓服薬を飲むとか、仕事中にどうしても落ち着かなくなってきたときには適度に休憩を入れるなど、 今までの私はやっていなかったような「自分への対処」ができるようになっていたんです。</p>
<p>これが後に出てくる「起業への決意」の一端でもありました。</p>
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		<title>ある本との出会い</title>
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		<pubDate>Mon, 15 Nov 2010 04:58:10 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[うつ病]]></category>
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		<description><![CDATA[仕事が少しずつ増えてきて、出張もするようになりました。山形県に出張する機会があったのですが、 東京駅の本屋でふと目に付いた本があったんです。タイトルは「うつな人ほど強くなれる」というものです。 これ、冷静に見ると「ホント？」と思える部分もあるのですが、うつ病になるような人は元々すごく繊細で慎重で仕事に妥協を許さないような人だ、と。 それらは会社にとってものすごく戦力になる力を秘めていると。 うつ病は心の地震のようなもの。うつ病と長く付き合ってれば「地震」が来ることは事前にキャッチできる。 その地震が予期できれば全く怖くは無い。 また頑張り屋さんもうつ病になりやすい、と書いてありました。 うつ病は心の弱い人がなるのではなくて心の地震を察知できなかったからかかってしまう。 と、ざっと内容を簡単に書きましたが、一言で言ってしまうと、 「うつ病の人には成功する条件がそろっている」だそうです。 この本、捉え方が難しいです。私は復職して会社に通っていて出張できるほどに復活したときに読んだので「なるほど」と思えましたが、 うつ病真っ最中の方が読んだら、きっと「そんなに考え方を変えられない」と思うことでしょう。 しかし元気を与えてくれる本ではあると思います。うつ病の方への啓蒙の本ですね。 うつ病の方(私も含めて)は、社会のクズという意識が強いですが、「社会のクズではなくてあなたこそ成功する」 と書かれているので多少モチベーションはあがるのではないでしょうか。 私も休職中に色んな本を読みました。毎晩のようにＷＥＢでうつ病を調べ上げました。 そんな中で、出張に行くために新幹線の中で読む雑誌を買いに立ち寄った本屋で目に付いたこの本はけっこう衝撃的でした。 Ａｍａｚｏｎなどでもけっこう売れているようなので、気になった方は読んでみてはいかがでしょうか？]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>仕事が少しずつ増えてきて、出張もするようになりました。山形県に出張する機会があったのですが、 東京駅の本屋でふと目に付いた本があったんです。タイトルは「うつな人ほど強くなれる」というものです。</p>
<p>これ、冷静に見ると「ホント？」と思える部分もあるのですが、うつ病になるような人は元々すごく繊細で慎重で仕事に妥協を許さないような人だ、と。 それらは会社にとってものすごく戦力になる力を秘めていると。</p>
<p>うつ病は心の地震のようなもの。うつ病と長く付き合ってれば「地震」が来ることは事前にキャッチできる。 その地震が予期できれば全く怖くは無い。</p>
<p>また頑張り屋さんもうつ病になりやすい、と書いてありました。 うつ病は心の弱い人がなるのではなくて心の地震を察知できなかったからかかってしまう。</p>
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</p>
<p>と、ざっと内容を簡単に書きましたが、一言で言ってしまうと、 「うつ病の人には成功する条件がそろっている」だそうです。</p>
<p>この本、捉え方が難しいです。私は復職して会社に通っていて出張できるほどに復活したときに読んだので「なるほど」と思えましたが、 うつ病真っ最中の方が読んだら、きっと「そんなに考え方を変えられない」と思うことでしょう。</p>
<p>しかし元気を与えてくれる本ではあると思います。うつ病の方への啓蒙の本ですね。 うつ病の方(私も含めて)は、社会のクズという意識が強いですが、「社会のクズではなくてあなたこそ成功する」 と書かれているので多少モチベーションはあがるのではないでしょうか。</p>
<p>私も休職中に色んな本を読みました。毎晩のようにＷＥＢでうつ病を調べ上げました。 そんな中で、出張に行くために新幹線の中で読む雑誌を買いに立ち寄った本屋で目に付いたこの本はけっこう衝撃的でした。</p>
<p>Ａｍａｚｏｎなどでもけっこう売れているようなので、気になった方は読んでみてはいかがでしょうか？</p>
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